駿河屋工場見学
こんばんは。
大寒ともなりますと朝晩は急に寒くなります。
セラの散歩は二人とも帰るまで震えています。
そこでストーブに当たらながら、朝食の支度です。パターンが決まっていますので楽勝です。
話には聞いていましたが、機会がなく今回わいず倶楽部で行くことになりました。
熊野古道を含め和歌山東部を調べに行きました。予想以上に楽しかった。
以下駿河屋の宣伝もありますが、適当に見て下さい。
実は5年前にピアノ教室の仲間を和歌山城に案内しました。その時の参加品として駿河屋の
”本ノ字饅頭”を使うために駿河屋に行きました。当時の工場長と親しくなり、その本ノ字饅頭の展示用のサンプルを頂き、ガイドによく使いました。
駿河屋が好きで我が家には必ず和歌浦せんべいが置かれています。お客さんにはどなたにでもお茶かコーヒーでおもてなしをしております。 これは本当です!
ですから一時期倒産と言ったニュースには驚きました。規模を縮小して頑張っておられるので
協力をしたいと思っています。
寛正2年(1464年)京都で営業してから、平成30年(2019年)まで500年以上の伝統を持つお菓子メーカーです。本ノ字饅頭は予約が必要です。
参加者は予想外に少なく、行動には丁度良く歩きました。玄関前に集まったメンバーです。
実は語り部クラブにいた時、和歌山城を案内する時には必ず”駿河屋”さんが出て参りました。それは何故か私だけの勉強方法があったのです。
和歌山の三番目の藩主として来られたのが、徳川家康の十番目の息子頼宣公です。御三家のひとつのお殿様ですから、葵の御紋には絶対に服従です。頼宣公が治めている時に南の方で事件が起こります。そのことがきっかけで”父母状”という条例のような定めを敷きます。
詳しく申しますと、「両親に孝行しなさい」、「仕事に励みなさい」そしてそれを実行するには
「正直を本にしなさい」 その本の字を頂いたのが駿河屋独自の製法で作った”本ノ字饅頭”です。
もう一つは京都伏見で”鶴屋”という屋号で商売をしていた時に、紀州徳川家にはお世話になり、和歌山に居を定め商売をさせてもらったそうです。
所が五代将軍綱吉様の娘さん(鶴姫様)が、三番目の藩主の奥様として降嫁されるに当たり
鶴屋の主人が申し出たそうです。
「畏れ多くも藩主の奥方様に当たる方のお名前を屋号に使うのは恐縮します。」
「それはよくぞ申した。」「では徳川家にゆかりのある駿府=駿河屋を名乗るが良い!」
という話を時間にゆとりのあるお客様に話をしました。
父母状のコピーと、本ノ字饅頭のサンプルを見せて熱演したことも懐かしい思い出です。
実はこの日リーダーの方が、駿河屋さんの部長に話したのですよ。この方が和歌山で語り部をされています。部長は気を使い少し時間を早めてしまいました。案内する場所は短いので
ホールの喫茶店のところで写真のようなお菓子を頂きます。お菓子の神様は海南にある
柑本神社があり、そこの許可を得てお祀りされているそうです。
駿河屋は終わりまして、次に向かったのは”光恩寺”です。和歌山城が戦災に遭う前に御代所を小倉にあるこちらに”庫裏”として移築されていました。でも中には入ることが出来ませんでした。どうやらストレートではだめなようです。
下の写真は庫裏です。
建設中の納骨堂です。左側の方に津田監物のお墓があるそうです。
この方は根来寺にある塔頭の一つの頭で、その昔ポルトガル船が種子島に漂着した時に
その地の頭(=種子島時貞公)に鉄砲を2挺プレゼントしたそうです。
それを聞き付けた彼が種子島に渡り、時貞公より1挺分けてもらったそうです。
根来のお寺に墓がなくて、どうして光恩寺にあるのか分りません。
昼食後にお邪魔した井口邸にありますヒメコマツの木です。(県指定文化財・天然記念物)
今回はこの辺を廻りました。実際の本番では。少し変化を持たすようにするそうです。ただ田舎道で畑と家の間を抜けます。道は狭く目印にも乏しいのでガイドが必要です。
当日は無理ですが昼食に入ったのが“三勝”さん。予め連絡がいっていたのか昼定食に特別のコーヒーが付いたりしまして、寛ぎました。
一つの情報として聞いて頂きますと、駿河屋さんには10名前後でしたら、食事もする場所があり、又案内の方もしてもらえそうです。お菓子とお茶もありしかもトイレも使え良いですよ。
事前の予約は必要です。(073-477-7151)
紀和線の小倉駅から布施屋駅を歩くようにすれば良いと思います。(順番は都合に合わせると良いと思います。)
天候と足の具合にもよりますが、途中にはサボテンの栽培・販売店もあり、一考の余地あり。
道を間違えても、ゆとりの時間があると楽しめます。
大寒ともなりますと朝晩は急に寒くなります。
セラの散歩は二人とも帰るまで震えています。
そこでストーブに当たらながら、朝食の支度です。パターンが決まっていますので楽勝です。
話には聞いていましたが、機会がなく今回わいず倶楽部で行くことになりました。
熊野古道を含め和歌山東部を調べに行きました。予想以上に楽しかった。
以下駿河屋の宣伝もありますが、適当に見て下さい。
実は5年前にピアノ教室の仲間を和歌山城に案内しました。その時の参加品として駿河屋の
”本ノ字饅頭”を使うために駿河屋に行きました。当時の工場長と親しくなり、その本ノ字饅頭の展示用のサンプルを頂き、ガイドによく使いました。
駿河屋が好きで我が家には必ず和歌浦せんべいが置かれています。お客さんにはどなたにでもお茶かコーヒーでおもてなしをしております。 これは本当です!
ですから一時期倒産と言ったニュースには驚きました。規模を縮小して頑張っておられるので
協力をしたいと思っています。
寛正2年(1464年)京都で営業してから、平成30年(2019年)まで500年以上の伝統を持つお菓子メーカーです。本ノ字饅頭は予約が必要です。
参加者は予想外に少なく、行動には丁度良く歩きました。玄関前に集まったメンバーです。
実は語り部クラブにいた時、和歌山城を案内する時には必ず”駿河屋”さんが出て参りました。それは何故か私だけの勉強方法があったのです。
和歌山の三番目の藩主として来られたのが、徳川家康の十番目の息子頼宣公です。御三家のひとつのお殿様ですから、葵の御紋には絶対に服従です。頼宣公が治めている時に南の方で事件が起こります。そのことがきっかけで”父母状”という条例のような定めを敷きます。
詳しく申しますと、「両親に孝行しなさい」、「仕事に励みなさい」そしてそれを実行するには
「正直を本にしなさい」 その本の字を頂いたのが駿河屋独自の製法で作った”本ノ字饅頭”です。
もう一つは京都伏見で”鶴屋”という屋号で商売をしていた時に、紀州徳川家にはお世話になり、和歌山に居を定め商売をさせてもらったそうです。
所が五代将軍綱吉様の娘さん(鶴姫様)が、三番目の藩主の奥様として降嫁されるに当たり
鶴屋の主人が申し出たそうです。
「畏れ多くも藩主の奥方様に当たる方のお名前を屋号に使うのは恐縮します。」
「それはよくぞ申した。」「では徳川家にゆかりのある駿府=駿河屋を名乗るが良い!」
という話を時間にゆとりのあるお客様に話をしました。
父母状のコピーと、本ノ字饅頭のサンプルを見せて熱演したことも懐かしい思い出です。
実はこの日リーダーの方が、駿河屋さんの部長に話したのですよ。この方が和歌山で語り部をされています。部長は気を使い少し時間を早めてしまいました。案内する場所は短いので
ホールの喫茶店のところで写真のようなお菓子を頂きます。お菓子の神様は海南にある
柑本神社があり、そこの許可を得てお祀りされているそうです。
駿河屋は終わりまして、次に向かったのは”光恩寺”です。和歌山城が戦災に遭う前に御代所を小倉にあるこちらに”庫裏”として移築されていました。でも中には入ることが出来ませんでした。どうやらストレートではだめなようです。
下の写真は庫裏です。
建設中の納骨堂です。左側の方に津田監物のお墓があるそうです。
この方は根来寺にある塔頭の一つの頭で、その昔ポルトガル船が種子島に漂着した時に
その地の頭(=種子島時貞公)に鉄砲を2挺プレゼントしたそうです。
それを聞き付けた彼が種子島に渡り、時貞公より1挺分けてもらったそうです。
根来のお寺に墓がなくて、どうして光恩寺にあるのか分りません。
昼食後にお邪魔した井口邸にありますヒメコマツの木です。(県指定文化財・天然記念物)
今回はこの辺を廻りました。実際の本番では。少し変化を持たすようにするそうです。ただ田舎道で畑と家の間を抜けます。道は狭く目印にも乏しいのでガイドが必要です。
当日は無理ですが昼食に入ったのが“三勝”さん。予め連絡がいっていたのか昼定食に特別のコーヒーが付いたりしまして、寛ぎました。
一つの情報として聞いて頂きますと、駿河屋さんには10名前後でしたら、食事もする場所があり、又案内の方もしてもらえそうです。お菓子とお茶もありしかもトイレも使え良いですよ。
事前の予約は必要です。(073-477-7151)
紀和線の小倉駅から布施屋駅を歩くようにすれば良いと思います。(順番は都合に合わせると良いと思います。)
天候と足の具合にもよりますが、途中にはサボテンの栽培・販売店もあり、一考の余地あり。
道を間違えても、ゆとりの時間があると楽しめます。












この記事へのコメント
なかなか面白そうなコースですね。
駿河屋さん再開してくれましたが、中之島支店は
残念ながらまたもや閉店となりました。
まだあまり無理をしてはいけませんよ。
寒いと体が上手く機能しないでしょう。
暖かいベッドで音楽を聴いていて下さい。
駿河屋は伝統があり過ぎで、
時代の流れをつかんでいないようです。
多分奥さんも松風菴でしょうね。
地味ですが安全に歩けそうです。
熊野古道より少し東側になります。
目印が少ないので困ります。
紀の川と県道に挟まれた場所です。
春は良いと思います。
送迎感謝😃
長閑な田園風景は、CITYガールにとって、癒されました☺
伝統有る老舗は、守って欲しい❗
説明、パネルー和大生の協力は、為になり、おまけの羊羹は、女性にとっても、嬉しい😃🎶
春は、蓮華、つくし在るかな⁉
暦通り寒いですね。
セラとふたりでコタツで寝ています。
春の田園風景は良いと思います。
道を間違えそうです。
それより短歌の方をやりませんか?