≪セラの家≫

アクセスカウンタ

zoom RSS 母なる紀ノ川に架かる橋

<<   作成日時 : 2018/10/01 15:23   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 24 / トラックバック 0 / コメント 4

皆さん、こんにちは。
昨晩は凄い雨でしたね。
皆さん方のお住まいの所はいかがでしたか?
これだけ頻繁に自然の力を見せつけられると、避難するだけでは追いつきません。
私も昨晩は停電になった所で、パソコンの強制停止はやむを得ず寝ました。
前回と違い家の中には至る所に懐中電灯を点けて置きましたので、安心しました。
パートナーのセラは「雨が嫌いです」と言って、私の部屋に入って来ました。

今日取り上げます橋は、今はなくなっていますが、和歌山の歴史とも繋がりのある橋です。
”一銭橋(いっせんばし)”と言いまして、本名は”南海橋”と言います。

画像

右岸より撮影するが、この辺にあっただろうという場所です。

         一銭橋(いっせんばし)=南海橋(なんかいばし)
                    型式 :  桁
                    橋脚P:  29
                    所在地:  和歌山市
                    施工年:  1963年(S38年補修)
                    橋長 :  511.7b
                    幅員 :  3.1b
                    運用は2003年9月24日で100年の歴史に幕
                    撤去 :  2007年3月18日

画像

左岸下流より撮影 後ろに見えるのがこの後アップします”紀の国大橋”です。

まさか15年後に私がこのようなブログを書こうとはつゆ知らず、今回の”一銭橋”の事に関して
は地元の新聞社の”ニュース和歌山”さんの記事と、同じく和歌山の事を掘り下げて本を出しておられる”あがらの和歌山”さんの文章から一部お借りしました。
ここで改めてお礼を申し上げます。

紀の川に橋がなかったのは、江戸幕府が防衛の意味があったようです。明治以降人口の
増加と共に人と物の往復に橋が欠かせないとなり作られます。

紀の川右岸の村(楠見村村史)によると、最初に橋が架けられたのは1874年頃で村の土橋
市次郎氏と楠見太郎左衛門氏が国の許可を得て、対岸の嘉家作丁(かけづくりちょう)を結び
通行料金として2厘(りん)徴収したしたのが始まりだそうです。約10年後に廃業し又橋は洪水で流失する。1898年南海鉄道が和歌山市駅に通じる鉄橋を建設するための資材を運ぶ仮の橋(南海橋)を作る。南海鉄橋が完成後、管理されなくなった。楠見村の村長や和歌山市民が協力して、通行料として1銭払う事になる。楠見村が和歌山市に編入される1942年まで1銭払わなければいけなかった。(楠見村の方は5厘でその他の方は1銭だったので”、一銭橋”という)
”一銭橋”は何度も洪水による流失があり、最後に架け替えられたのは昭和37年3月です。

画像

私は西庄という紀ノ川の北側に住んでいましたので、街に出るのに何度か使った事があります。川沿いの交差点の信号で引っかかり、又紀ノ川を渡る手前でも待った記憶があります。
片側交互通行なので皆さん真面目に信号を守りました。(離合は出来ませんので・・・。)


画像

”一銭橋”だけでなく、紀ノ川で水難事故に遭われた方の慰霊碑がこの橋の少し左岸上流に作られています。


画像

左岸下流の方より撮影する

       ” 紀の国大橋”(きのくにおおはし)   
               型式 :  桁
               橋脚P:  7
               所在地:  和歌山市
               施工年:  2003年(H15年)4月
               橋長 :   689.0b
               幅員 :   16.5b

画像

右岸より撮影

画像

画像

左岸より撮影

紀の国大橋が出来た時、それまで使っていた”一銭橋”を知っている方の反応は様々でした。
年配の方は『堤防とほぼ同じ高さなので、川に中の魚も見ることが出来て優雅だった。』
『片側交互通行で急がなければなず、渡り終えるとほっとした。』
若い方は『走りやすいので助かる。』『歩道は広いので前後左右を見ることが出来てよい。』等

画像

丁度この橋が出来た頃に、息子から誕生祝と定年祝(どちらも1年前です)を兼ねて自転車を
プレゼントしてもらい、この紀の国大橋右岸で撮影してもらったことがあります。勿論その
自転車も今は廃棄処分となっていますが、今日の二つの橋は印象深いものがあります。


この後にアップする予定ですが、次に南海鉄橋から河西橋には最近の私の思い入れもあります。お楽しみにして下さい。           続く

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 24
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
セラ吉さん、こんばんは~♪
今回の台風、和歌山市は無難に通り過ごしてくれたと思っていたのですが、停電もあったのですね!
一銭橋は私も渡ったことがあるのですが、気が付かないままに消滅していました。
紀ノ川大橋と比べれば隔世の感がありますね。
のん
2018/10/01 21:53
のんさん、こんばんは。
紀の国大橋が出来てから、
逆にこの橋を通ることが少なくなりました。
渡った所に十字屋という百貨店があり、
丸正よりは好きでした。
今は紀の国大橋を通り、
大阪まで一直線ですよ!
セラ吉
2018/10/01 23:32
セラ吉さん ご苦労様です。私はこの一銭橋は初めて聞きました。昔は自前で橋を架けて、通行料を取ったお話が有ったようですね。大阪市内にも同じようなお話が有りますが、川の水量が増えると流れた橋が多かったみたいです。(^^♪
y&m
2018/10/04 10:11
y &m さん、こんにちは。
昔はよく川があふれたり、
橋が流されたという事を聞きます。
技術的なものか、材質のせいか
わかりません。

一銭橋は和歌山だけの一部の橋で、
知らない人が多いです。
川べりを探しましたが、
名残の碑もありませんでした。
最後にアップする予定の
紀ノ川河口大橋も通行料を取っていましたよ。
セラ吉
2018/10/04 11:12

コメントする help

ニックネーム
本 文
人気ブログランキングへ
母なる紀ノ川に架かる橋 ≪セラの家≫/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる