母なる紀ノ川に架かる橋
みなさん、こんばんは。
なかなか秋らしい天候にはなりませんね。
窓の外を見ると、三日月は隠れ、風も少し出てきました。皆さん注意しましょう。
紀の川に架かる橋も和歌山市内に入り、少し間隔が狭くなってきましたので横着するわけではありませんがまとめて取り上げます。
紀の川に架かる橋を取上げまして、このあたりだけ、二つの橋が架かっています。
前回とりあげました”川辺橋(かわなべ」はし)”から洲が出来たのか南北の流れが出来ています。昔大雨で洪水を起こしたのか、意識的かどうかわかりません。
北田井ノ瀬橋(きたたいのせはし)
型式: 桁
橋脚P: 1
所在地: 和歌山市
施工年: 2004年(H16年)7月
橋長: 171.4㍍
幅員: 16.0㍍
上の写真は右岸より撮影。 下の方は左岸の少し下流より撮影する。
上の写真は上流方面を写しました。下の方は下流方面で、見える橋は南田井ノ瀬橋の次に
アップする予定の紀州大橋です。最初にも書きましたが間隔が短くなります。
南田井ノ瀬橋(みなみたいのせはし)
型式 : トラス6連
橋脚P: 5
所在地: 和歌山市
施工年: 1954年(S29年)
橋長: 379.4㍍
幅員: 4.5㍍
驚かれると思いますが、南と北の橋の歴史に50年以上差があります。北側に国道が新たに
作り直されたので、北田井ノ瀬橋の必要性があったのだと思います。
あまり周囲の事を書いてきませんでしたが、南田井ノ瀬橋を南に行くと弱電業界のパイオニアともいわれる”松下幸之助氏”の(ナショナル電気の創業者)生家があった場所に行けます。ただもうそこには松下公園となっていまして、春には桜の下で集まる方が多い所です。
どちらも左岸の方より撮影する、右岸の方より岩出市に行くのは信号がない分早く行けます。
紀州大橋と言います。この道は和歌山市内に入るR24号線で、少し南に行くと南紀の方に行く高速道路に行きます。
直接橋とは関係ないのですが、別の資料を見て頂きたいと思います。
実は和歌山県内の国道の中で、この橋の上を通過する交通量(車両台数)が一番多いのですよ。直下流を走る阪和自動車道よりも多いのです。(これは去年の資料ですから間違いありません。)
紀州大橋(きしゅうおおはし)
型式 : 箱 桁
橋脚P: 8
所在地: 和歌山市
施工年: 1987年(S62年)10月
橋長 : 718.9㍍
幅員 : 10.50㍍(方側2車線)
歩道 : 2.5㍍
注:道示・・・・1980年一等B活荷重(資料の丸写しでさっぱり分りません。)
徳川時代初めには、この辺りには民家はありませんでした。ところが1600年の中頃になり、藩の命令で住居が建てられた。その数が8軒だった事から、八軒屋と言われるようになったとか。
川辺に降りてみると東の方には竜門山悠然と構え、また水辺では釣り人がのんびりと糸を
垂れているのどかな風景が見られます。
昔は洪水や氾濫が相次ぎ、護岸工事で風情がなくなりましたが、紀ノ川の流れは優雅です。
もう一つアップしましょう。
紀の川橋(きのかわはし)=阪和道
型式 : 桁
橋脚P: 7
所在地: 和歌山市
施工年: 1972年(S47年)
橋長 : 647.3㍍
幅員 : 21.4㍍(片側2車線)
すみませんが高速道路ですので、中に入り写すことはできません。
上は右岸の下流より撮影。下は右岸の上流より撮影する。
昔はよくこの高速道路を使ったものです。単身赴任だったせいもあり、和歌山インターを降り
我が家のある西庄までに又40分もかかり、逆に疲れました。もう50年近くなるのだっと思うと懐かしくなります。 続く
なかなか秋らしい天候にはなりませんね。
窓の外を見ると、三日月は隠れ、風も少し出てきました。皆さん注意しましょう。
紀の川に架かる橋も和歌山市内に入り、少し間隔が狭くなってきましたので横着するわけではありませんがまとめて取り上げます。
紀の川に架かる橋を取上げまして、このあたりだけ、二つの橋が架かっています。
前回とりあげました”川辺橋(かわなべ」はし)”から洲が出来たのか南北の流れが出来ています。昔大雨で洪水を起こしたのか、意識的かどうかわかりません。
北田井ノ瀬橋(きたたいのせはし)
型式: 桁
橋脚P: 1
所在地: 和歌山市
施工年: 2004年(H16年)7月
橋長: 171.4㍍
幅員: 16.0㍍
上の写真は右岸より撮影。 下の方は左岸の少し下流より撮影する。
上の写真は上流方面を写しました。下の方は下流方面で、見える橋は南田井ノ瀬橋の次に
アップする予定の紀州大橋です。最初にも書きましたが間隔が短くなります。
南田井ノ瀬橋(みなみたいのせはし)
型式 : トラス6連
橋脚P: 5
所在地: 和歌山市
施工年: 1954年(S29年)
橋長: 379.4㍍
幅員: 4.5㍍
驚かれると思いますが、南と北の橋の歴史に50年以上差があります。北側に国道が新たに
作り直されたので、北田井ノ瀬橋の必要性があったのだと思います。
あまり周囲の事を書いてきませんでしたが、南田井ノ瀬橋を南に行くと弱電業界のパイオニアともいわれる”松下幸之助氏”の(ナショナル電気の創業者)生家があった場所に行けます。ただもうそこには松下公園となっていまして、春には桜の下で集まる方が多い所です。
どちらも左岸の方より撮影する、右岸の方より岩出市に行くのは信号がない分早く行けます。
紀州大橋と言います。この道は和歌山市内に入るR24号線で、少し南に行くと南紀の方に行く高速道路に行きます。
直接橋とは関係ないのですが、別の資料を見て頂きたいと思います。
実は和歌山県内の国道の中で、この橋の上を通過する交通量(車両台数)が一番多いのですよ。直下流を走る阪和自動車道よりも多いのです。(これは去年の資料ですから間違いありません。)
紀州大橋(きしゅうおおはし)
型式 : 箱 桁
橋脚P: 8
所在地: 和歌山市
施工年: 1987年(S62年)10月
橋長 : 718.9㍍
幅員 : 10.50㍍(方側2車線)
歩道 : 2.5㍍
注:道示・・・・1980年一等B活荷重(資料の丸写しでさっぱり分りません。)
徳川時代初めには、この辺りには民家はありませんでした。ところが1600年の中頃になり、藩の命令で住居が建てられた。その数が8軒だった事から、八軒屋と言われるようになったとか。
川辺に降りてみると東の方には竜門山悠然と構え、また水辺では釣り人がのんびりと糸を
垂れているのどかな風景が見られます。
昔は洪水や氾濫が相次ぎ、護岸工事で風情がなくなりましたが、紀ノ川の流れは優雅です。
もう一つアップしましょう。
紀の川橋(きのかわはし)=阪和道
型式 : 桁
橋脚P: 7
所在地: 和歌山市
施工年: 1972年(S47年)
橋長 : 647.3㍍
幅員 : 21.4㍍(片側2車線)
すみませんが高速道路ですので、中に入り写すことはできません。
上は右岸の下流より撮影。下は右岸の上流より撮影する。
昔はよくこの高速道路を使ったものです。単身赴任だったせいもあり、和歌山インターを降り
我が家のある西庄までに又40分もかかり、逆に疲れました。もう50年近くなるのだっと思うと懐かしくなります。 続く







この記事へのコメント
花山温泉?
懐かしいですね。
近くに総合的なスパ!が出来て
もう15年は言っていませんね。
阪和自動車道に、和歌山北インターが
出来ましてぐっと便利になりました。
橋の長さが、川辺橋よりも
短いとは思いませんでした。
一気にたくさんアップされましたね!
紀州大橋の方が阪和高速道より通行量がおおいのにはびっくりです。
落ち着いて考えてみれば、なるほど、そうかも知れませんね。
車で走れば短く感じる橋も写真で紹介していただくと長く見えますね。
今日は、久しぶりに、
午後と夜に会議がありました。
きっちり両方で居眠りはしますが・・・。
ご指摘の通り最初は
一つの橋を周辺も含めて
丁寧にアップするつもりでした。
予想通り下流に来るほど、
橋の個性がなくなりますね!
大台ケ原に行き、統計も入れて
10月中に完成したいと思っています。
アバウトな私ですから、
本当ならもっと厳しい指摘もあるでしょうね。
お付き合い有難うございます。
橋巡り、紀州大橋が阪和道より多い、良く調査されていますね😃
気力充分😍見習いたい‼
瀬川さんは偉い!
今もってペースが分りません。
残り少なくなりました。
頑張ります
紀国大橋ではN御殿も
紹介しましょうか?