J:COM 秋のウォーク
ハーイ!セラの家の管理人です。
今日は10月の天気よいのある日、J:COM和歌山支部が有田へのウォークに行った事を取り上げます。春の和歌山城ウォークの時には、私が仲間のN氏、K氏、Mさんの協力を得て案内しましたね。
今回はA支部長をリーダーに、S事務局長と有田市出身のK女史サポートしました。駅でJRの人に写真撮影を
お願いすると、やはり断られました。
目指すは千田にある”須佐神社”の鯛祭り(けんか祭り)です。もちろん我々は観光で、まかり間違っても鯛を
取りに行くのではありません。
有吉佐和子さんの『有田川』という小説では村の壮年達が、意地とメンツとパワーをかけて奪い合ったとあります。当然怪我人は多く出たそうです。
須佐神社のすぐ脇にあるところでは、村の豊作と、家内安全を祈る獅子舞が舞われていました。こちらの祭りは毎年14日に決まっています。今年は日曜日と重なり、大変に賑やかになったと関係者の人が喜んでいました。
すぐ下にある浜に出ました。ここで夕方5時からメインイベントの鯛投げと、餅まきがあります。我々メンバーが
車座になって食事をしていたら、年はとっても、若いころは喧嘩をしただろう方が不審そうに来ました。
『どこから来たんよぅ』、『和歌山市内からよ』、『オッチャン○○の誰々を知らない?』これはK女史。
『あいつは俺より確か、3つ上だったなぁ』、『親方昼間からご機嫌なようですが、祭りの関係者?』これは私。
『今年はあそこの台から餅を撒くんよぅ』、『ほんなら僕らそれまでおれないので、その餅をくれへんか?』S氏。
『あかん、わしの信用がなくなる』、『そこを何とか頼むわ。元同じ町内やないか?』粘るK女史。
『お前のおかんに振られたからやれん』 という会話が昼食中交わされました。残念でした。
この地区にある2つの子供神輿と迫力あった大人の神輿が須佐神社の上から降りてきました。私たちはこの
神事を見て、両側に出ている屋台を冷やかしながら元の簑島駅に帰ってきました。自転車で和歌山を走っていた日野正平氏が見た有田川大橋からの夕日にはまだ早く、これまた残念でした。 セラ吉3
今日は10月の天気よいのある日、J:COM和歌山支部が有田へのウォークに行った事を取り上げます。春の和歌山城ウォークの時には、私が仲間のN氏、K氏、Mさんの協力を得て案内しましたね。
今回はA支部長をリーダーに、S事務局長と有田市出身のK女史サポートしました。駅でJRの人に写真撮影を
お願いすると、やはり断られました。
目指すは千田にある”須佐神社”の鯛祭り(けんか祭り)です。もちろん我々は観光で、まかり間違っても鯛を
取りに行くのではありません。
有吉佐和子さんの『有田川』という小説では村の壮年達が、意地とメンツとパワーをかけて奪い合ったとあります。当然怪我人は多く出たそうです。
須佐神社のすぐ脇にあるところでは、村の豊作と、家内安全を祈る獅子舞が舞われていました。こちらの祭りは毎年14日に決まっています。今年は日曜日と重なり、大変に賑やかになったと関係者の人が喜んでいました。
すぐ下にある浜に出ました。ここで夕方5時からメインイベントの鯛投げと、餅まきがあります。我々メンバーが
車座になって食事をしていたら、年はとっても、若いころは喧嘩をしただろう方が不審そうに来ました。
『どこから来たんよぅ』、『和歌山市内からよ』、『オッチャン○○の誰々を知らない?』これはK女史。
『あいつは俺より確か、3つ上だったなぁ』、『親方昼間からご機嫌なようですが、祭りの関係者?』これは私。
『今年はあそこの台から餅を撒くんよぅ』、『ほんなら僕らそれまでおれないので、その餅をくれへんか?』S氏。
『あかん、わしの信用がなくなる』、『そこを何とか頼むわ。元同じ町内やないか?』粘るK女史。
『お前のおかんに振られたからやれん』 という会話が昼食中交わされました。残念でした。
この地区にある2つの子供神輿と迫力あった大人の神輿が須佐神社の上から降りてきました。私たちはこの
神事を見て、両側に出ている屋台を冷やかしながら元の簑島駅に帰ってきました。自転車で和歌山を走っていた日野正平氏が見た有田川大橋からの夕日にはまだ早く、これまた残念でした。 セラ吉3






この記事へのコメント
色んな企画が
うらやましい限りですよ
最近このビッグローブがすごく遅いのですよ。
やっと返事を出せます。
皆さん楽しむということで、意見が
一致するようです。
あなたの行動にも共通した点が
あります。遊んでばかりしているので
我が家の野菜、果物はさっぱりです。
良い知恵を教えてください。
お千田さんの、鯛祭り見たことないです。
まだまだ有田の子になりきってませんね
昨日から宮原に行ってきました。
法事が近いので、お墓の掃除や、畑の草刈りをして来ました。
お役目ご苦労さんです。
このような行事の積み重ねが、
棟梁と言われていくのでしょう。
毎年行われる鯛祭りには、
地元の稚児がまくそうです。
大人では個人的な繋がりがあるので、
避けるためだそうです。